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快速球投手ベスト10
私が実際に見てきた投手の球速ベスト10を発表したいと思います。最初にお断りしておきますが、年代では昭和32〜33年以降です。又当然の如く、全ての投手のベストの状態を見た訳でもありません。更にそれ以前にデビューした投手の入団後数年間は知りません。従って、あくまでも私が選んだ10人であって色々な意見、異論があって当然だと思っています。
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2007/03/21 23:07 |
米田哲也(3)
豪速球を欲しいままにして来た若い頃の米田哲也ですが、投球術はもう一つで、大事な場面での失投、所謂ポカが多く安定感、信頼感には欠けるものがありました。昭和30年代後半には、球速に陰りが見えてきましたが、ヨネボールと呼ばれる鋭くストンと落ちるフォークボールを身に付けその後の決め球としました。しかし残してきた実績の割に、所属球団が阪急という事もあり、地味であり華やかさにはかなり欠けていたと思います。それにしても昭和30年代初期の、細身快速球左腕の梶本隆夫と分厚い胸、頑健な豪速球右腕の米田哲也の左右の両...
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2007/03/21 08:22 |
米田哲也(2)
驚異的な球速を誇っていた米田哲也ですが、非常に残念ながら、私は彼のデビュー時を知りません。同じく豪速球投手、尾崎行雄のデビュー当時での比較ですが、正直甲乙付け難いと思います。強いて言えば、高目の球は浮き上がる尾崎行雄、低目はズドンと食い込む米田哲也という処でしょうか?私が実際に見た投手では、この2人の球速が抜き出ており史上最速かと思います。更に米田哲也の素晴らしい点は、無尽蔵のスタミナです。昭和30年代から昭和40年代初期のエース級の投手の殆どは中3日で登板していましたが、彼の場合、先発完投の後...
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2007/03/20 22:33 |
米田哲也(1)
昭和30年代から40年代の阪急ブレーブスを支えた、通算350勝の大投手です。豪速球投手という称号はこの投手の為にあるかのように、若い頃は信じられない程に速く、重い球と右打者の外角に決まるドロップの2種類だけで打者を圧倒していました。爪先をピョンと上げる独特のフォームから、腰を十分に捻り、純粋なオーバースローから豪速球を投じていました。ラジオで聴いていても、彼の投球の場合、他の投手と違い、捕手のミットに食い込む音がその速さと重さの為全く違っていたものです。当時腱鞘炎に悩んでいた西鉄ライオンズ中西太...
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2007/03/19 21:36 |
リッチゴセージ
メジャーで先発、抑えの両方で大活躍した素晴らしいと投手です。(下記参照)現在ではメジャーの殿堂入り候補になっています。豪速球投手で100マイルを計測した事もあるという事で、ダイエーホークスに入団した時には本当に期待したものです。上体の力を生かしたメジャーらしいフォームから、非常に速く重い球でしたが流石に全盛期を過ぎていたのでしょう?期待した程の球速、球威は感じられませんでした。当時のダイエーのチームの弱さもあり一年限りの在籍でした。是非メジャーでの全盛期の投球を見たかったものです。
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2007/03/19 08:27 |
宣銅烈
韓国で無等山爆撃機と呼ばれ、先発にリリーフに大活躍した韓国プロ野球史上最高の投手です。日本では中日ドラゴンズで抑えのエースとして大活躍しました。十分に腰のタメを活かし、スリークォーターよりやや低い位置からの、伸び重み共にもの凄い豪速球と140kmを超す高速スライダーのほぼ2種類で相手打者を牛耳っていました。そのフォームは現在メジャー最速104.8マイル(168.6km)を投じるデトロイトタイガースのジョエルズマヤ投手に非常に類似していると思います。その当時の豪速球も150km中頃を記録していまし...
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2007/03/18 14:22 |
村田兆冶
ロッテ一筋に先発、更にリリーフでも長年に亘り大活躍した投手です。57才になった今でもマスターズリーグでその、殆ど変わらないフォームから140kmに達する速球を投じています。 大きく振りかぶり、足を思い切り高く上げ、腰の捻り、タメ、後方への腕の引きも十分過ぎる程のフォームで真っ向上段から投じる豪速球はとてつもなく重く、速く更に天下一品のフォークボールの落差は凄まじいものでした。しかし入団後数年間の彼のフォームは、上記のマサカリ投法と呼ばれる投法とは異なり、特に腰のタメが不足し、球速は凄いものがあり...
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2007/03/16 23:58 |
村山実
阪神一筋に14年間投げ続けた、ミスタータイガースの大エースです。投手としては大きくない体躯ながらも、ザトベック投法と呼ばれる全力投球の、重心を深く沈み込むフォームのオーバースローからとてつもなく重く、又非常に速い豪速球と制球力抜群のフォークボールを主武器としていました。そのフォークボールは晩年、サイド及びスリークォーターからも投じ本当に威力がありました。彼の素晴らしい所は矢張り、相手チームに点を与えない事じゃないでしょうか?生涯5度の防御率1点台以内という記録は想像を絶するものです。記録、記憶共...
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2007/03/15 21:19 |
池永正明
西鉄ライオンズの低迷時代に大活躍した、素晴らしい投手です。バネの効いた腰の捻り、タメとも十分なスォームから、やや担ぎ気味の投法ながらも、もの凄く切れのある豪速球と、右打者の内角にえげつなく食い込むシュートを主武器に超強気の投球をしていました。投手としては決して大きくない体格ながら、重い球質でした。球速よりも圧倒的な球の切れで勝負するタイプでした。しかし八百長行為により実質5年と僅かの現役生活で永久追放されました。本当にもっと長く見ていたかった投手です。しかし5年目のシーズン途中には肘を痛めていた...
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2007/03/14 21:42 |
伊藤智仁
1990年代を代表する素晴らしい投手です。ヤクルトで一時期ですが先発、リリーフで大活躍しました。もの凄く腕の振りが遅れる、異常な程に肘の撓るフォームから繰り出される、切れ味抜群の快速球と140キロ台中半の高速スライダーが主武器でした。特にスライダーはめちゃくちゃに速く、消えるように横に滑っていき打者の手に負えるものではありませんでした。郭泰源よりも素晴らしく、史上最高ではなかったでしょうか?しかしあまりにも肘の撓りすぎるフォームは諸刃の剣となり、下半身が追いついていかなかったのでしょうか、故障の...
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2007/03/13 23:40 |
金田正一(2)
猛烈に速かった快速球も流石に昭和30年代後半には衰えを見せ、遅い球の合間に速球を投げ、緩急の差を巧く利用した投球に晩年は変わっていきました。さてその球速ですが、本人は日本一或いは世界一を豪語し、当時のスピードガンの記録を上回る数字を常に吹聴していましたが、私の知る限り決してNO.1ではないと思います。但し残念ながら、私は彼のデビュー時は知らなく、昭和33〜34年頃からしか見ていない為,本当の所は分かりません。取り敢えず私が実際に見た投手の内では米田哲也、尾崎行雄、森安敏明に次ぐ球速かと思います。...
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2007/03/12 21:32 |
金田正一(1)
今後絶対に破られないであろうという不世出の大記録、通算400勝を挙げた日本一の投手と認めざるを得ない大投手です。長身の左腕から足をあまり高く上げず、腰の捻りもやや少ないながらも目にも止まらないようなホップする快速球と2階から落ちてくるような大きなドロップの2種類の球種だけが主な武器でした。そのフォームであれだけの球速が出せるのは、肘の撓りがもの凄いのと上体の使い方が巧かったと思います。オールスター戦で当時の記録5連続三振を奪った時をよく覚えていますが、その試合は足を普段より高く上げ、腰の捻りも大...
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2007/03/11 13:56 |
阿波野秀幸
主に近鉄で活躍した細身の快速球左腕です。体のバネを感じさせるスリークォーターのフォームから、気持ち良いくらいに切れのある快速球を、右打者の懐に食い込ませていました。本当に見ていて気持ちのいい投手でした。同期入団の西崎幸広と同じく、球速よりも球の切れで勝負し、その球速以上の奪三振数を記録していました。しかし晩年には体の切れをなくし、早く腰を開き、腕の位置が下がった投法になり素直な球質という事もあり急激に成績を下降させていったものです。
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2007/03/10 21:35 |
西崎幸広
主に日本ハムで先発で大活躍し、西武ではリリーフもこなした投手です。バネを十分に生かしたオーバースローから、軽いながらも切れのある快速球を主武器にカーブ、スライダーも使っていました。球速はかなりありましたが、速さよりも切れの良さで勝負していたと思います。フォームは権藤博を彷彿させる程華麗なものでした。しかし球質が非常に素直である事と、華麗なフォームは打者に威圧感をあまり与えられずに、球速の落ちた晩年にはかなり打ち込まれたものです。
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2007/03/09 22:57 |
番外編 岩村明憲 今季の成績を予想
念願叶っての大リーグ入りの岩村明憲の成績を予想してみます。彼の身体能力は素晴らしく、大リーグの先輩、松井稼頭央にかなり近く、足肩共に素晴らしいものがあります。又決して大きくない体ながら長打力もかなりありますが、これが松井稼頭央同様、打撃の粗さにもつながり三振の多さに繋がっています。当初大リーグ投手の動くボールにはかなりてこずり、慣れるまでには時間を必要とするでしょう。救いとしては弱小球団の為、彼が怪我をしない限りレギュラーとして出場出来るでしょう。しかし打率は松井稼頭央の1年目と大きな差はないで...
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2007/03/08 21:40 |
佐々木主浩
横浜在籍時代にハマの大魔神と呼ばれ、本当に史上最高の抑え役でした。腰の捻りはやや浅いながらも、比較的小さなバックスイングからの巧く壁を作ったフォームから、非常に重く速い豪速球と制球力抜群のフォークボールだけで打者を圧倒していました。彼の全盛期にはリリーフでの短いイニングが役目とはいえ、もの凄い奪三振率を誇り、打者は2ストライクになると、もう三振を覚悟する程でした。しかし横浜に再度、戻ってきた時には腰の壁がなくなり、打者に正対するフォームとなりもうかっての球威はありませんでした。
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2007/03/07 21:27 |
稲尾和久
昭和30年代の西鉄黄金時代を支えた、通算276勝の大投手です。踵を上げバネを十分に活かした、華麗なスリークォーターからの非常に速く、もの凄く伸び、更に切れのある快速球と、鋭い切れのスライダーのピッチングは素晴らしく、相手球団は彼の登板の時は、殆ど勝利を諦めていたほどの安定感及び威力がありました。 当時の彼は球速がどうかという議論を超越する程投手として完成の域に達していました。しかし350イニング以上という現在では信じられない投球回数を5シーズンも経験した、流石の鉄腕稲尾和久といえども酷使の影響は...
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2007/03/05 20:46 |
梶本隆夫(2)
前回梶本隆夫の腕の振りがサイドに近くなったと記しましたが、フィルムや雑誌で見る限り、入団後3,4年間位は大きく振りかぶり、腰の捻りを十分に生かした豪快なフォームからの軽いながらも切れ、伸び共抜群の快速球とドロップを主武器とした本格派投手でした。是非リアルタイムでオーバースローの彼の投球を見たかったものです。如何に当時の彼の投球が威力があったかの証拠に入団5年間に限っての実績ではあの400勝投手、金田正一をも凌いでいます。(下記参照)出来れば生存中に野球の殿堂入りして欲しかったものです。
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2007/03/04 11:24 |
梶本隆夫(1)
阪急一筋に20年間投げ続けた長身の快速球左腕です。同僚の豪速球右腕の米田哲也と共に、ヨネカジコンビとして左右コンビとしては歴代最高の威力を誇っていました。私が初めて彼を見た時は、酷使の為かスリークォーターよりややサイドスローに近いフォームになっていましたが、そのカミソリのように切れ味鋭い快速球はもの凄く速く、特に右打者はその強烈に食い込む快速球に辟易としたものです。大リーグの長身快速球左腕ランディジョンソンに、そのフォーム、快速球が非常に類似しています。
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2007/03/03 21:05 |
徳久利明
昭和60年代前半の近鉄のエースです。非常に恵まれた体躯のオーバースローから、本当に重い球質の豪速球を武器としていました。入団当時は稲尾和久二世と称されるほど将来を期待されていました。しかし捕手のミットにズシリと食い込む程重い球ながら、もう一歩球速、球の伸び、切れ及び威圧感に欠けるフォームの為、期待通りの活躍は出来ませんでした。実際に活躍出来たのは入団5年目迄で、その後は太りやすい体質もあり、腰の切れも悪くなり急速に成績を急降下させ、実働僅か8年間で引退しました。昭和43年に西鉄で引退という事で変...
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2007/03/02 22:17 |